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東京高等裁判所 昭和52年(う)374号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

〈前略〉

弁護人川端和治の控訴趣意第四(「第三」とあるが、「第四」の誤記と認める。以下、これに準ずる。)及び弁護人竹内康二の控訴趣意補充 没収の裁判の違憲・違法性、被告人五味正彦の控訴趣意一 四畳半三五冊の没収について

所論は、原判決は、その主文第四項において、押収してある本件文書三五冊を没収しているが、右三五冊は被告人両名以外の委託者の所有に属するもの(少なくともその所属が明らかでないもの)であるうえに、原審記録にひそかに編てつされている第三者所有物の没収に関する公告をした旨を届け出た書面によると、検察官が本件文書についてした公告は、原審の弁論が終結された昭和五一年七月一五日より二一日も遅い同年八月五日になされたものであつて、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条に定める、すみやかにの要件を欠くばかりでなく、右公告に基づき第三者が参加の申立をしても、時既に遅く、すべての審理が終つていて具体的な権利行使が不可能であるから違法であるという外はなく、結局、前記没収の裁判は、憲法三一条、二九条にも違反するものである、というのである。

原判決の掲げる関係各証拠によると、本件文書は、昭和四七年七月六日ころ東峰企画というものから販売の委託を受け、シコシコ模索舎において被告人両名が所持していたものであるが、東峰企画というものの実体がわからないため、所有者があることは間違いないが、それが何人であるかが明らかでないものである。ただ、刑法一九条二項にいう犯人に共犯者が含まれることはさきに述べたとおりであるから、その所有者が被告人両名と共犯関係にあることが認められれば、実体法上の没収の要件には欠けるところがないことになる。ところで、前記各証拠によると、その所有者は、それが本件文書の製造者、中間取引者、被告人両名への販売委託者のいずれであつても、本件文書の記載内容を了知し、少なくとも未必的にはそのわいせつ性を認識していたこと、被告人両名への販売委託の際、直接あるいは販売委託者を通じて、被告人両名と、被告人両名が本件文書を販売の目的で所持することを共謀していたことが推認されるのであるから、実体法上没収の要件に欠けるところはないわけである。次に原審の訴訟記録によると、本件は、昭和四七年八月一八日に公訴が提起され、昭和五一年五月二〇日の第二六回公判期日に検察官の論告があり、同年七月一五日の第二八回公判期日に弁護人の弁論及び被告人両名の最終陳述を終り、判決宣告期日は追つて指定することとされ、同年一二月二三日の第二九回公判期日に判決が宣告されていること、検察官は、昭和四九年二月八日の第八回公判期日において、本件文書は被告人両名が買取つたものであると主張していたが、昭和五〇年七月三日の第二〇回公判期日に取調べられた被告人両名の司法警察員及び検察官に対する各供述調書や昭和五一年二月二〇日の第二五回公判期日における被告人両名の供述によると、本件文書は被告人らの所有に属するものか、それとも第三者の所有に属するものかが必ずしも明らかではない状態になつたと認められること、検察官は、本件文書の所有者の住居、本名が不詳であるとして、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条一項所定の事項を、昭和五一年八月五日の官報及び新聞紙に掲載し、かつ、同年七月二六日から同年八月九日までの一四日間、検察庁の掲示場に掲示して公告していること、その後、法定の同月二三日までにはもとより原判決が宣告された同年一二月二三日に至るまでも、第三者から参加の申立がなされた形跡がないことが認められる。ところで、前記応急措置法二条一、二項によると、検察官は、没収を必要と認める物があり、それが被告人の所有に属するか第三者の所有に属するか明らかでないときは、すみやかに所定の告知または公告をしなければならないことになつているのであるから、遅くとも、同年二月二〇日の第二五回公判期日以後には公告の手続をしなければならなかつたものといわなければならない。しかるに検察官は、前記のように同年七月の後半以後になつてようやくその手続をしているのであるから、本件の公告は不適法なものという外はない。しかし、同条項がすみやかに告知または公告をしなければならないとしている趣旨は、没収を必要と認める物の所有者に、問題の被告事件の手続への参加の機会を与え、その権利を擁護しようとするものであるから、仮に右のすみやかにの要件を満たさない告知または公告であつても、右の趣旨に沿うものであれば、なお、告知または公告として有効なものとみてよいものと考えられるところ、本件では、既に弁論は終結されてはいたもののいまだ判決宣告にまでは至つていない間に、公告が行われ参加申立の期間が経過したわけであり、適法な参加の申立があれば、請求によりまたは職権で、いつでも終結した弁論を再開して審理を続行することができたのであるから、本件公告はなお有効なものといわなければならない。

論旨は理由がない。

〈中略〉

弁護人川端和治の控訴趣意第六 本件冊子のわいせつ性に関する事実誤認、被告人小林健の控訴趣意のうち、本件文書のわいせつ性に関する事実誤認の主張について

所論は、原判決が本件文書をわいせつ文書と認定したのが事実を誤認するものである、というのである。

原判決が掲げる関係各証拠によると、本件文書は、雑誌「面白半分」昭和四七年七月号に掲添された「四畳半襖の下張り」と題する短編小説及びその関係の新聞記事等を複写して冊子にまとめたもので、中心をなす右小説は、金阜山人と称する者の戯作となつており、初めに、主人公が元待合であつた家を買い、手入れをするうちに、離れ座敷のふすまの下地にはられていた紙に記された面白い文章を発見したことを述べ、次いで、その内容の叙述として、「其首尾いかにを回顧するに」から「流石に夜が明けてから顔見合すも恥しきばかりなる。」までの部分に、二人の男女が体位を変えたりしながら性交を続けていく様子や、その前後における性戯等の情景を、その姿態、性器の状態、行為者の会話・発声・感情・感覚の内容等を交えながら、露骨、詳細、かつ具体的に、しかも情緒的、官能的な表現方法をもつて描写し、その後で、主人公の浮気癖や漁色遊とうの様子を物語つている作品で、右の性交や性戯等の描写部分が、量的に全体の約三分の二を占めているうえに、質的にも小説の中枢をなしているものであつて、その文体・語い・文章上の技巧・全体の構成、小説のもつ感興・印象、小説に対する評価・位置づけなどを考慮に入れても、全体として、読者の好色的興味をそそることをねらいとしたものと認められ、現今の社会通念によると、その内容は、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ、普通人の正常な性的しゆう恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものと評価される。従つて、これを刑法一七五条にいうわいせつの文書に当たるとした原判断は、正当として是認することができる。

所論は、本件文書中に、「開中」、「ぼぼ」、「本取」、「居茶臼」などのわかりにくい用語があること、行為者の会話の描写が少なく、しかも、たとえば、「あなたどうかして頂載よ、紙がとれませぬ」などのようなものばかりで、直接、性器や性行為等を内容としたものがなく、その表現も官能的、情緒的でないこと、性行為等による主人公の感覚の記載がほとんどなく、女の発声が誇張され現実離れしていることなどを挙げて、本件文書はわいせつ文書としての要件を備えていない、というのである。本件文書の中には、所論が指摘するような用語がないではないが、わが国の国語教育の程度からすると、その一字一句の微妙な語意まで全部理解することは困難であるとしても、そのおおよその意味をは握し、文章全体の内容を正しく理解することができる者が多数存在するものと考えられるうえに、文書のわいせつ性の判断においては、個々の語句を他の部分と切り離して捕らえるのではなく、それを含んだ文章を全体として評価するものであるから、所論をもつて本件文書のわいせつ性を否定する理由とすることはできない。

論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(坂本武志 門馬良夫 小田健司)

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